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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)640号 判決 1992年6月25日

原告

原田貞子

被告

吉野喜晴

ほか一名

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五〇三六万〇九四八円及び金四七六四万〇九四八円に対する昭和六一年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら・以下同じ)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六一年二月一日午後一一時二五分ころ

(二) 場所 大阪市浪速区稲荷一丁目一二番一四号先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(車両番号なにわ五五ひ一三五九)

右運転者 被告吉野喜晴

(以下、同被告を「被告喜晴」、右加害車両を「被告車」という。)

右保有者 被告吉野英明(以下「被告英明」という。)

(四) 態様 被告車が横断歩道を横断中の原告をはね、傷害を負わせた。

2  責任原因

(一) 過失

被告喜晴は、前方の注視を怠つたうえ、制限速度を超過した時速七五キロメートルの速度で進行した過失により本件事故を発生させた。

(二) 運行供用者

被告英明は、被告車を自己の運行の用に供していた。

3  原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害

原告は、本件事故により、頭部外傷、頭蓋骨陥没骨折、全身打撲、左頸骨及び同腓骨骨折、左下腿及び右顔面等多発性挫創、右膝及び右両手指挫傷、頸部捻挫の傷害を負い、左記のとおり入通院をしたが、昭和六三年九月九日、症状固定となり、めまい、頭痛、もの忘れ、失語症的症状、左足痛による歩行困難等の下肢運動障害・筋萎縮、視力低下、著しい外貌醜状、聴力低下、耳鳴などの症状を残した。

(一) 入院

昭和六一年二月一日から同年三月三一日まで 富永脳神経外科病院

同日から同年一一月二〇日まで 育和会記念病院

昭和六二年五月一四日から同月三〇日まで 同病院

昭和六三年六月七日から同月二一日まで 育和会生和病院

(二) 通院

昭和六一年一一月二二日から昭和六二年二月二三日まで(実日数二八日)

育和会記念病院脳神経外科

同年一一月二一日から昭和六三年三月三一日まで(実日数九八日)

同病院整形外科

昭和六二年一月二二日から昭和六三年八月四日まで(実日数三八日)

育和会生和病院

昭和六三年一月二二日から同年九月九日まで(実日数五日)

大阪大学医学部付属病院(以下「阪大病院」という。)

昭和六一年七月二三日から昭和六三年九月八日まで(実日数二日)

山本歯科

4  損害

(一) 傷害関係

(1) 治療費(自己負担分) 金一六万三四二〇円

(2) 看護費 金一五三万八三三六円

(3) 入院雑費 金四二万五一〇〇円

(4) 交通費 金一八八万四五五〇円

但し、原告が、長女や二女のもとに赴く際及び前記通院の際に利用したタクシー料金

(5) 代替労働 金二〇万円

原告は、本件事故当時、身障者の二女の世話をしていたが、本件事故により、長女の原田宣子が原告に代わつて二女の世話をするべく勤務先を休まなければならず、そのために頭書金額の損害を被つた。

(6) 休業損害 金六〇六万一〇四〇円

原告は、本件事故当時、家事労働に従事していたところ、本件事故により、前記入通院期間中休業を余儀なくされ、一日あたり六三四〇円を下らない損害を被つた。

(7) 入通院慰謝料 金三八四万円

(8) 文書費 金二万七四〇〇円

(二) 後遺障害関係

(1) 逸失利益 金二二一六万一三三三円

原告は、本件事故による前記後遺障害のため、症状固定に至つた昭和六三年九月九日から六七歳に至るまで労働能力を九二パーセント喪失したから、一日あたりの収入を六三四〇円とし中間利息を控除して計算すると、逸失利益は頭書金額となる。

(2) 後遺障害慰謝料 金一五一〇万円

(三) 弁護士費用 金二七二万円

(四) (一)ないし(三)の合計五四一二万一一七九円

5  よつて、原告は、被告喜晴に対し、不法行為責任に基づく損害賠償として、また、被告英明に対し、運行供用者責任に基づき、各自金五〇三六万〇九四八円及び内金四七六四万〇九四八円に対する事故の日である昭和六一年二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)は認める。

2  同3(受傷内容等)のうち、原告の受傷内容は認め、入通院の事実は不知。その余は否認する。

原告の治療の長期化は、育和会記念病院において、左下腿骨折部につき、開放性骨折の疑いがあるにもかかわらずこの点を明確にしないまま観血的整復術が施行され、さらにプレートの露出が放置されたことから骨髄炎を併発したこと及び医師の入院指示を拒むなどした原告の治療態度に基づくものであり、したがつて、原告の入通院のすべてが本件事故と因果関係のあるものではない。

2  同4(損害)のうち、(一)(4)について、原告がその主張する金額を支出したことは明らかに争わず(ただし、その必要性は争う。)、同(5)は認め、その余は否認する。

なお、原告は、事故当時、視力障害により身体障害者一級と認定されていた無職者であり、生活保護を受けていたのであるから、休業損害及び逸失利益はありえない。

三  抗弁

1  過失相殺

原告は、横断歩道に設置された歩行者用信号が赤色を表示していたのにもかかわらず横断を開始した。

2  損益相殺

原告は、本件事故に関し、被告車の任意保険から治療費として七八万九六三一円、看護費用として七五万〇二二〇円、その他内払いとして四二一万円、被告車の自賠責保険から一一五四万円の支払を受けた(以上合計、一七二八万九八五一円)。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(過失相殺)は否認する。原告の対面していた歩行者用信号は青色を表示していた。

2  抗弁2(損益相殺)は明らかに争わない(ただし、治療費の七八万九六三一円は本訴請求外のもの)。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)は当事者間に争いがない。

二  請求原因3(原告の受傷内容等)について

1  受傷内容

原告が本件事故により頭部外傷、頭蓋骨陥没骨折、全身打撲、左頸骨及び左腓骨骨折、左下腿及び右顔面等多発性挫創、右膝及び右両手指挫傷、頸部捻挫の傷害を負つたことは、当事者間に争いがない。

2  入通院

成立に争いのない甲第五号証、第八号証、第一〇号証ないし第一二号証、第一三号証の一、第一四号証、第一五号証によれば、原告は、前記負傷のために左記のとおり入通院をしたことが認められる。なお、右の因果関係を否定するに足る証拠はない。

(一)  入院

昭和六一年二月一日から同年三月三一日まで

富永脳神経外科病院

同日から同年一一月二〇日まで

育和会記念病院

昭和六二年五月一四日から同月三〇日まで

同病院

昭和六三年六月一〇日から同月二三日まで

育和会生和病院

(二)  通院

昭和六一年一一月二一日から昭和六三年三月三一日まで(実日数九八日)

育和会記念病院整形外科

昭和六一年一一月二二日から昭和六二年二月二三日まで(実日数二八日)

同病院脳神経外科

昭和六二年一月二二日から昭和六三年八月四日まで(実日数三八日)

育和会生和病院

昭和六三年一月二二日から同年九月九日まで(実日数五日)

阪大病院眼科

昭和六一年七月二三日から昭和六三年九月八日まで(実日数二日)

山本歯科

3  後遺障害

(一)  神経症状、聴覚症状及び外貌醜状について

前掲甲第一三号証の一及び第一四号証、成立に争いのない甲第一三号証の二、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一〇号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六一年一〇月二八日、富永神経外科病院において、前額部のしびれ、疼痛、耳鳴、頸部の運動障害及びしびれ、右前額部線状痕(五〇×三ミリメートル)、左頭部陥没痕(五〇×四五ミリメートル)につき、また、昭和六二年二月二三日、育和会記念病院脳神経外科において、頭痛、肩から頸にかけての痛み、腰痛、全身の痛みにつき、それぞれ症状固定と診断されたうえ、その後も頭重感、就寝時の全身痛、会話中の言葉のもつれなどを訴えるとともに、他覚的にも、事故以前に頭蓋に装着していたチタン板の陥没、脳波の左右差、左脳徐波、前頭筋の運動障害が見られ、また、昭和六三年八月五日の聴力検査(四分法)において右八七デシベル、左八〇デシベルとされ、このうち、前額部や頭部の受傷痕については自賠責の事前認定において女子の外貌に著しい醜状を残すものとして七級一二号に該当するとされたが、他方、CTスキヤン上、頭蓋内には異常所見は見られず、脳波所見も受傷との因果関係は不明とされたほか、前記以外の他覚的な所見は指摘されなかつたうえに、日中はよく外出したり、人と雑談したりしていることが認められるところ、これらの事情に照らすと、原告の訴える痛み等の神経症状や聴覚症状が原告の日常生活に明らかな影響を及ぼす程度のものとは認め難い。

(二)  左下肢の障害について

前掲甲第一一号証及び第一二号証、乙第一〇号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六三年八月四日、育和会生和病院において、左下腿痛による歩行障害、歩行後左下腿浮腫の自覚症状につき症状固定とされ、他覚的にも、左脛骨変形、骨硬化、骨萎縮が見られるとともに、足関節可動域については、一般に正常とされる範囲の半分以下である背屈八度、底屈二〇度とされ、そのため、自賠責の事前認定では一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すものとして一〇級一一号に該当するとされたが、他方、症状固定前においてすでに生活上独立歩行は可能とされ、また、膝関節可動域については、伸展七度、屈曲一二五度とされて特に制限はなかつたうえに、退院後は、買い物に出かけたり長女や二女のもとに赴いたりする際になるべく交通機関を利用しつつも単独で外出できるようになつたことが認められる。

(三)  視力障害について

成立に争いのない甲第六号証、第九号証及び第一七号証、前掲甲第一五号証及び乙第一〇号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六三年九月九日、阪大病院眼科において、両眼視力障害(右裸眼〇・〇四、同矯正〇・二、左裸眼指数弁、同矯正不能)につき症状固定と診断され、その際、原告の本件事故以前のデータと比較すると、左眼につき若干の視力低下と視神経乳頭萎縮の所見が見られるとともに、富永神経外科の犬塚医師により本件事故の際の頭部外傷に由来する癒着性視神経萎縮の進行の可能性が指摘されたが、右眼については、本件事故以前のデータとの比較で明らかな視力低下は見られないとされたことが認められる。

しかしながら、他方では、原告は、本件事故当時すでに既往症である両眼角膜斑及び両眼強度近視の視覚障害のため身体障害者一級の認定を受けており、昭和五八年八月一〇日に交付された身体障害者手帳によれば、その当時の視力は右が〇・〇一、左が一〇センチメートルの距離で手の動きを弁別できる状態(10cm/motus m nus(mm)であつたことが認められる。

なお、原告は、本人尋問において、本件事故後は、テレビや新聞がほとんど見えなくなつたと供述するが、成立に争いのない甲第二二号証の一ないし七によれば、原告が入院期間中に、テレビを借りていたことが認められる。

そして、以上の事実を考え合わせた場合、本件事故により原告の視力障害が増悪したとは認め難いことになる。

三  請求原因4(損害)について

1  傷害関係

(一)  治療費等 九五万三〇五一円

成立に争いのない甲第一九号証及び第二〇号証によれば、原告が富永神経外科病院に入院した際の治療費として二〇五万五四〇〇円を請求されたことが認められ、このほかに被告らの負担した治療費として七八万九六三一円を要したことは被告らの認めるところであり、さらに、成立に争いのない甲第二三号証によれば、原告は、本件事故後、左下肢装具の費用として八万〇六〇〇円を支出したことが認められる(以上合計二九二万五六三一円)。

したがつて、原告は、少なくとも原・被告主張を合わせた頭書金額を治療費及び装具代の自己負担分として要したものと認められる。

これに対し、成立に争いのない甲第二二号証の一ないし九によれば、原告が育和会記念病院入院中、テレビ、冷蔵庫、寝具等の使用料及び昭和六二年五月一四日から同月三〇日までの室料差額を支出したことが認められるが、このうちテレビ等の使用料は、後記認定の入院雑費に含まれるものであり、また、室料差額については、成立に争いのない乙第七号証によれば、当該入院は、専ら左下腿骨折部位の術後の骨ゆ合の遷延、プレートの露出等に対する診療が目的であつたことが認められ、その病態を勘案すると、特段、室料差額を要する部屋に入室する必要性があつたものとは認め難い。

(二)  看護費 金五六万四五七一円

成立に争いのない甲第二一号証の一ないし九によれば、原告は、前記入院中付添婦を依頼し、合計五六万四五七一円の支出をしたことが認められるが、原告主張のその余の看護費用はこれを認めるに足る証拠がない。

(三)  入院雑費 金四二万二五〇〇円

前記認定によれば、原告の入院延べ日数は三二五日にのぼり、経験則上、原告は、この際に、日額一三〇〇円の割合による入院雑費を要したものと推認され、その合計金額は頭書金額となる。

(四)  交通費 金一一万七三〇〇円

成立に争いのない甲第二七号証の一ないし一二五及び第二八号証の一ないし一五五五並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六一年七月一日から昭和六三年一一月一一日までの間に、通院や買い物、長女宅の訪問、施設に入所している二女との面会、入院中の外出等のために、多数回にわたりタクシーを利用しその料金を支出したことが認められるが、タクシー利用の必要性及び相当性の観点から、証拠上、本件事故との相当因果関係のある損害として認め得るのは、右のうち通院のために自宅と病院との往復に要したタクシー料金に限られるというべきである。そして、右各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六一年一一月二〇日から昭和六三年九月九日にかけて、計一一五回、自宅からの通院に際しタクシーを利用し、その時の片道料金は、おおよそ四七〇円ないし五五〇円であつたものと認められる。

したがつて、片道平均五一〇円の料金の一一五往復分である一一万七三〇〇円が本件事故と因果関係のある交通費とするのが相当である。

(五)  代替労働 金二〇万円

代替労働に関する損害については、当事者間に争いがない。

(六)  休業損害 金六〇六万一〇四〇円

成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証、前掲乙第一〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、五〇歳の女性で、二女と二人暮らしをしていたが、両眼の角膜白斑及び強度近視のため身体障害者一級の認定を受けていたうえ、重度の精神障害者である二女の世話をしなければならなかつたことから、収入のある職に就くことができず、生活保護を受けるとともに、長女から経済的援助を受けていたほか、家事の一部を手伝つてもらつていたことが認められる。これらの事実によれば、原告は、本件事故当時、休業によつて失うべき自身の収入はなく、かつ、原告の家事労働を、一般の主婦と同様に評価することはできず、原告主張の日額六三四〇円(年額二三一万四一〇〇円)と評価することは相当ではない。また、原告の家事労働に対し、一定の評価がなされるべきであるにしても、前記治療経過からして、原告主張の治療期間全部にわたり、その能力を完全に制限されたものとは考え難い。しかしながら、これらの点をあえてさて措き、原告主張どおり休業損害を算出するとすれば、その金額は六〇六万一〇四〇円となり、原告の休業損害は右金額を超えないことは明らかである。

(七)  入通院慰謝料 金三二〇万円

前記認定の原告の受傷内容、入通院経過等を総合勘案すると、本件事故により原告が負傷し、長期入通院を余儀なくされたことによる精神的損害に対する慰謝料は三二〇万円とするのが相当である。

(八)  文書費 金二万七四〇〇円

成立に争いのない甲第二四号証の一、二、四ないし六、第二五号証の一、二及び第二六号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、文書料として、育和会記念病院に対し合計一万六〇〇〇円、富永神経外科病院に対し合計四〇〇〇円、育和会生和病院に対し五〇〇〇円、阪大病院に対し合計三五〇〇円をそれぞれ支払つたことが認められるから、原告主張の頭書金額を下らない金額の文書費相当損害を被つたものと認められる。

2  後遺障害関係

(一)  逸失利益 金四三二万五四六九円

原告の後遺障害の内容程度については前記(二3(一)ないし(三))のとおりである。

しかしながら、原告には、本件事故当時、収入がなく、かつ原告の家事労働を原告の主張のように評価しうるかについては疑問のあることは前認定のとおりである。そして、この点をさて措くにしても、原告の後遺障害のうち、外貌醜状が原告の家事能力に影響を与えるとは考え難く、原告の後遺障害は、左足関節の機能障害(一一級該当)を中心に考えられるべきことになる。そして、これらの障害の内容・程度を考え合わせた場合、原告の労働能力は六七歳に達するまでの一四年間について、平均して二〇パーセント程度制限されたものと評価されるべきことになる。したがつて、原告主張の日額六三四〇円を算定の基礎とし、ホフマン式計算法により、本件事故当時における逸失利益の現価を算出すれば(用いるホフマン係数は、事故時から六七歳までの係数と、事故時から症状固定時までの係数の差)、次の計算式のとおり四三二万五四六九円(円未満切捨て、以下同様)となり、これを超えないことは明らかである。

(計算式)

6340×365×0.20×(12.0769-2.7310)=4325469

(二)  後遺障害慰謝料 金一二〇〇万円

原告の前記後遺障害の内容程度に原告の境遇、更には原告の外貌醜状について逸失利益が認められていないこと等諸般の事情を総合勘案すると、後遺障害慰謝料は、一二〇〇万円とするのが相当である。

(以上合計は二七八七万一三三一円である。)

四  抗弁1(過失相殺)について

(一)  成立に争いのない乙第一号証の四、五、六、九、一〇及び一四並びに被告喜晴の本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(1)  道路の状況

本件事故現場は、上下各二車線の本線車道とその両側に緑地帯によつて区分された側道からなる南北道路が東西道路と交差する交差点(以下「本件交差点」という。)脇の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上であり、交差点南方からの見通しは良好であつた。

(2)  衝突に至る経緯

被告喜晴は、自車を時速約七五キロメートル以上の速度で運転して南北道路を北上中、本件交差点付近に差し掛かり、南側横断歩道に至つたところで、右前方に北側にある本件横断歩道上を右から左へ横断中の原告を発見し、ブレーキを踏んで減速した。ところが、原告が被告車の進路前方に立ち止まつたため、被告喜晴は、ブレーキを踏み込んで急制動の措置をとるとともに左へ転把して衝突を回避しようとしたところ、原告が横断を再開したため衝突するに至つた。

(3)  信号機の表示

本件交差点では、信号機による交通整理が行われており、車両用のほか、横断歩道には歩行者用の信号機も設置されていたが、北行きと南行きの車両用信号の表示に時差はなく、また、右車両用信号が青色を表示している時には、通常通り、南北の歩行者用信号は赤色を表示していた。

そして、被告喜晴は、本件交差点の南方一つ手前の交差点付近において、本件交差点の対面信号が青色を表示しているのを確認した。

また、被告車の後続車を運転して本件交差点内に進入した池上良一は、被告車の後方約三〇メートルを追随して自車を運転中、前方の本件交差点に設置された対面信号が青色を表示しているのを確認し、その後、本件交差点に進入しようとしたところ、先行する被告車が左側に寄るとともに急ブレーキを掛けたのを認め、そのまま進行して被告車を追い抜いた際、路上に横たわる原告を認めて事故の発生に気づき、被告車の約二四メートル前方で停車して車を降りたが、その時、南北道路の南行き対面信号が依然青色を表示しているのを確認した。

したがつて、原告は、対面する歩行者用信号が赤色を表示していたにもかかわらず、本件横断歩道の横断を開始したものと推認され、これに反する甲第四号証、乙第一号証の七及び原告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし信用できない。

(二)  右認定の諸事情を総合勘案すると、原告に生じた損害の六割を過失相殺するのが相当であり、過失相殺後の残額は一一一四万八五三二円となる。

五  抗弁2(損益相殺)について

原告が本件事故に関し以下の支払を受けたとする被告らの主張は、当事者間に争いがないか又は原告が明らかに争わないので自白したものとみなされる。

1  治療費として金七八万九六三一円

2  看護費等として金七五万〇二二〇円

3  内払いとして金四二一万円

4  自賠責保険から保険金一一五四万円

六  結論

以上によれば、原告が本件事故により被つた前記損害のうち被告らが賠償責任を負うべきものは、すでに填補済みであることは明らかである。(したがつて、原告が本訴提起に関し要した弁護士費用のうち被告らが負担すべきものはない。)。

よつて、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 松井英隆 佐茂剛)

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